刑法

【刑法】正当防衛と自招侵害の関係性〜平成20年判例と平成29年判例〜

(この記事はプロモーションを含みます。)

 

【重要度】★★★★☆

こんにちは

今回は刑法の重要論点の一つ、「自招侵害」について記事を書いていきます。

自招侵害は刑法の正当防衛に関わる論点の一つで、しばしば刑法の論文試験でも論点として出題される重要なテーマになります。

平成20年に自招侵害についての最高裁判例が出たことから注目度も高い論点と言えるでしょう。

また、平成29年には急迫性に関する最高裁判例も出ているように、正当防衛については重要な最高裁判例が続出している状況であるため正当防衛に関する論点はしっかりと頭に入れておいた方が良いと思われます。

正当防衛の要件については『【刑法】正当防衛の成立要件と判例まとめ』でまとめていますので確認してみてください。
なお、平成29年判例についても『【刑法】正当防衛の急迫不正の侵害とは〜急迫性と積極的加害意思について〜』で解説していますのでぜひ参考にしてください。

というわけで、今回は「自招侵害」についてできるだけわかりやすく検討していきたいと思いますので、ぜひ最後まで読んでいただきたいと思います。

 

Contents

自招侵害とは

自称侵害とは、簡単にいうと自分から相手の侵害行為を招いてそれに対して防衛行為を行うような事例を言います。

【事例】
Aは以前からBと不仲でありどうにかして嫌な目に合わせたいと考えていた。そこで、AはBを驚かせるために後ろからBの背中を思い切り突き飛ばした。するとそれに憤激したBがAに対して殴りかかってきたので、AはBをナイフで攻撃して怪我を負わせた。

 

事例のように、Aが不正な行為を先に行ったことによってBの侵害行為を招き、その侵害行為に対してAが防衛行為を行った場合に自招侵害の論点が問題となります。

 

自分の自招行為
⬇︎
相手方の侵害行為
⬇︎
自分の防衛行為

 

という過程を辿った防衛の事案が自招侵害の事案とされるわけです。

 

自招侵害事例について判例の判断枠組み

自招侵害については以下のように比較的新しめの判例が存在し、下記の通り判断しています。

【最決平成20.5.20刑集62.6.1786】

「被告人は,Aから攻撃されるに先立ち,Aに対して暴行を加えているのであって,Aの攻撃は,被告人の暴行に触発された,その直後における近接した場所での一連,一体の事態ということができ,被告人は不正の行為により自ら侵害を招いたものといえるから,Aの攻撃が被告人の前記暴行の程度を大きく超えるものでないなどの本件の事実関係の下においては,被告人の本件傷害行為は,被告人において何らかの反撃行為に出ることが正当とされる状況における行為とはいえないというべきである。そうすると,正当防衛の成立を否定した原判断は,結論において正当である。」

つまり、

被告人の暴行行為によって相手方の侵害行為を招いた場合、
それが近接した場所での一連,一体のものであるなら、
相手方の侵害行為が被告人の前記暴行の程度を大きく超えるものでない限り、

反撃行為に出ることが正当とされる状況における行為とはいえないため正当防衛は成立しないと述べています。

平成20年判例の判断の問題点について

 

平成20年判例は「なんらかの反撃行為に出ることが正当とされる状況における行為とはいえない」ことを理由として正当防衛を否定しています。

 

では、この判例の判断は「自招侵害」をどのレベルの問題として扱っているのか。

 

つまり、正当防衛の成立要件のうちどの要件が欠けると判断したのかがはっきりしないため問題となるわけです。

 

急迫性が欠けるとするならば、なぜ判例は急迫性が欠けるとははっきり言わずに、「反撃行為に出ることが正当とされる状況における行為とはいえない」という理由のみで正当防衛を否定したのか。

 

また、防衛の意思が欠けるとするなら、急迫性と同様に「防衛の意思が欠ける」とはっきり言わないこと、及び、「防衛の意思」は「侵害を避けようとする単純な心理状態」さえあれば攻撃の意思が並存していてもその要件を満たすという見解と整合性が取れないのではないか、ということが問題となります。

 

では、防衛行為に出ることが正当とされる状況を正当防衛成立の不文の要件として考えているのか。

 

しかし、条文を無視して正当防衛の新たな要件を加えたものと考えるべきではないのではないようにも思われます。

 

以上のように、自招侵害が正当防衛の成立要件のうちどの要件のレベルで問題となっているのかはっきりとしないのです。

 

平成29年判例と平成20年判例の整合性

 

近年、自招侵害のこの問題を考える際に非常に有益な判例が出ました。

 

それが以下の判例です。

 

【最判平29.4.26刑集71.4.275】
「刑法36条は、急迫不正の侵害という緊急状況の下で公的機関による法的保護を求めることが期待できないときに、侵害を排除するための私人による対抗行為を例外的に許容したものである。」「したがって、、、前記のような刑法36条の趣旨に照らし許容されるものとはいえない場合には、侵害の急迫性の要件を満たさない」

 

まとめると、最判平成29年は36条の趣旨を「急迫不正の侵害という緊急状況の下で公的機関による法的保護を求めることが期待できないときに、侵害を排除するための私人による対抗行為を例外的に許容したもの」とした上で「36条の趣旨に反するような場合は急迫性が欠ける」と説いているのです

 

この36条の趣旨を考えると、平成20年判例が言っている「反撃行為に出ることが正当とされる状況における行為とはいえない」というのは、つまり、自招侵害の場合は36条の趣旨に反するような状況における防衛行為である、ということを言っているとは考えられないでしょうか。

 

つまり「反撃行為に出ることが正当とされる状況」にない場合は、刑法36条の趣旨に反するため正当防衛とはならない、という考え方が成り立つのでは無いかと考えられるのです。

 

そうすると、平成29年判例は「刑法36条の趣旨に反するような場合は急迫性が欠ける」と言っているのですから、自招侵害の事例で正当防衛が否定される理由も急迫性が欠けるからである、という論理が成り立つものと考えられます。

実質的にも、自分から相手の侵害行為を招いているのだから、そのような場合にまで例外的に正当防衛を認めようとする36条の趣旨を満たすとするのは妥当ではないでしょう。

 

したがって、平成20年判例と平成29年判例の判断を整合的に考えると、「自招侵害」は正当防衛の「急迫性」要件のレベルで問題となっているのだと解することができます。

 

「急迫性」以外として考えることはできないか

 

もちろん以上の解釈は一つの道筋に過ぎないので、上記のような考え方が絶対のものではありません。

 

平成20年の言う「反撃行為に出ることが正当とされる状況」は平成29年判例の言う刑法36条の趣旨とは全く関係のないものである。
したがって、自招侵害の事例を平成29年判例の判断枠組みの中で考える必要はない、
という考え方も成り立つと思います。

 

そうすると急迫性とは別の要件のレベルで問題となっていると考えることができますね。

 

例えば、自招侵害であるとしても、急迫性の要件は満たされるが、反撃行為に出ることが正当とされる状況における行為とは言えないため、正当防衛は成立しない。というのもアリだと思います。

 

試験的には自招侵害を「急迫性」の要件の中で検討するか、正当防衛の成立要件のうち例外的要件として「急迫性」などとは別に検討するのか、は自由でどちらでも大丈夫でしょう。

 

平成29年判例の規範が長くて覚えられないとか、積極的加害意思もありそうな事案で「急迫性」の中で積極的加害意思と自招侵害を両方検討すると複雑になって答案が書きにくい、という場合には自招侵害を別の要件の問題として書いていくのがいいかもしれませんね。

 

自招侵害の例外に要注意

平成20年判例は「Aの攻撃が被告人の前記暴行の程度を大きく超えるものでないなどの本件の事実関係の下においては」と述べているように、
自招行為と侵害行為の程度を比べて、侵害行為が明らかに過剰なものである場合には、たとえその反撃行為を自招行為によって誘発させた事案であったとしても、正当防衛が成立する余地を認めています。

 

なので、自招侵害の事案を検討する際にはこのような「例外」の存在がないか注意しましょう。

 

自招行為の「自招」とは

 

最後に非常に細かいことについて考えます。

 

すごく根本的な話になりますが、そもそも自招行為の「自招」とはどのようなものを言うのでしょうか

 

例えば、「やーい、ばぁかばぁか」と悪口を言ったことにより相手の侵害行為を誘発してしまった場合、このような悪口を「自招行為」と言えるでしょうか。

 

もっと極端な例を挙げると、相手と話していてあくびをしたら相手がそれに対して立腹して殴りかかってきたので防衛行為を行ったという場合、このようなあくびも「自招」行為として正当防衛が成立しなくなるのでしょうか。

 

これはいかにもおかしな考え方ですよね。

 

考え方としては、平成20年判例の「例外」にあたるとすることもありえます。

 

しかし、上記のような事例では、そもそも自招行為に当たらず普通の正当防衛の事案であると考えて良いのではないでしょうか。

 

そう考えないと、あらゆる事案が自招侵害の事案となってしまい、非常に奇妙な事態に陥ってしまいます。

 

やはりある程度相手による侵害行為を誘発してしまう可能性の高いような行為に限られると解するべきでしょう。

 

もっとも、それは暴行や傷害行為のようなものだけではなく、名誉毀損とか侮辱などの侵害行為を誘発してしまう可能性が十分に認められる不正性の高い行為の場合には「自招行為」であるとするべきでしょう。(自説)

まとめ

以上、自招侵害を正当防衛の要件のうち、「急迫性」の問題とするのか、それ以外の要件の問題とするのかという点については、諸説ありうるところです。

しかし、平成20年判例と平成29年判例をベースに考えると、「急迫性」の要件として捉えても良いのではないかというのが私見になります。

試験の答案ではいずれの立場から考えても問題ないとは思われるのですが、少なくとも平成20年判例の判旨はしっかりと頭に入れて検討した方が良いことは間違いないです。

自招侵害が成立するための要件や、平成20年判例で示唆されている例外を意識して答案構成していくことをオススメします。

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