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こんにちは
今日は不法領得の意思についてお話しします。
窃盗罪を勉強すると、窃盗罪の構成要件として判例が不法領得の意思を要求しているということは学ぶと思います。
関連記事:窃盗罪の成立要件と保護法益論〜占有説と本権説の対立と判例〜
では、なぜ不法領得の意思がなければならないのでしょうか。
その根拠や機能は何なのか。
そしてそこから導き出される不法領得の意思の意義・内容についてなるべくわかりやすく説明したいと思います。
◯不法領得の意思とは
そもそも不法領得の意思が何かわからない人のために軽く説明します。
不法 領得の意思については、かつて、その要否が学説上対立していました。
【刑法】(窃盗)
第二百三十五条 他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
条文を引用しました。
さて、この条文を見ると窃盗罪が成立するには「他人の財物」を「窃取」することが必要であるとわかります。
では不法領得の意思はどうでしょうか。
少なくとも条文には一切出てこないですね。
このとおり、窃盗罪の条文には不法領得の意思が全く出てこないため、窃盗罪の構成要件として要求されるべきなのかどうかという点が対立していたのです。
しかし、判例は窃盗罪の成立には不法領得の意思が必要であることを、はっきりと明言しました。
※正確にいうと、窃盗罪だけではなく、いわゆる、領得罪と言われる類型には必要となります。
領得罪とは、窃盗罪・強盗罪・詐欺罪・恐喝罪・横領罪のことをいいます。
この判例を基礎にその後も不法領得の意思は必要だとされ続けて、今では確立したのです。
そして、判例は不法領得の意思を「権利者を排除して他人の物を自己の所有物としてその経済的用法に従いこれを利用処分する意思 」と定義して、実務上はこの定義に従って運用されることとなりました。
ちなみに、ロー入試や司法試験等の試験ではこの定義を丸暗記しなければなりませんので、頑張って覚えましょう。
不法領得の意思の詳しい内容はあとで説明します。
次に、なんで不法領得の意思が必要とされるのかという点を簡単に説明したいと思います。
◯不法領得の意思が必要とされる理由
上記の通り、条文では不法領得の意思が必要であるということは一切出てこないにもかかわらず、判例は一貫して不法領得の意思を必要としています。
それでは、なぜ判例は条文には出てこない不法領得の意思を必要だと解釈しているのでしょうか。
これは一般的には、使用窃盗や毀棄隠匿罪を窃盗罪と区別するためだと説明されています。
説明しますと、まず使用窃盗とは、例えば、隣の席の人の消しゴムを後で返すこと前提で一瞬だけ貸してもらうという場合です。
許可なく消しゴムを奪っているという点では窃盗罪となりそうですが、後で返すつもりで、極めて短時間 だけ利用するだけなのに窃盗罪という罪を成立させるのはやりすぎではないかということから、このような短時間だけ他人のものを使うという使用窃盗は不可罰であるとされています。
これは刑法は謙抑的であるべき(刑法の謙抑性)という原則から求められるのです。
つまり、犯罪が成立して刑罰が科せられると、刑罰のみならず社会的にも大きなダメージを与えてしまうので、刑法上の犯罪を成立させるのはなるべく控えるべきであるという刑法上の一般原則が存在し、それに基づいて、使用窃盗はちょっとだけ借りるという軽微なものだからこれくらいは犯罪として処罰するのを勘弁してあげようということで、使用窃盗は不可罰という扱いになるのです。
そして、このような不可別の使用窃盗と可罰的な窃盗罪とを区別するために判例は不法領得の意思という書かれざる要件を作り出したのです。
次に後者の毀棄隠匿罪との区別について、他人の物を壊したり隠したりして使えなくさせる行為は、器物損壊罪等(刑法第261条等)で処罰されるのですが、例えば、Bを恨んでいたAが Bの家の鍵を盗んで困らせるという目的でBの鍵をかってに盗んで家で保管していた場合を考えると、他人の物を盗んでいる以上窃盗罪が成立しそうですが、他人の物を隠して使えなくしているという点では器物損壊罪が成立しそうです。
このような事例はたくさん考えられるし、何より、他人の物を盗むとそれを使えなくしているという状態も必然的に生じるので、窃盗罪が成立する場合には必ず器物損壊罪が成立してしまいます。
これでは窃盗罪と器物損壊罪を別々に規定した意味がなくなります。
さらに、器物損壊罪は窃盗罪よりも刑罰が軽く、両者を区別する必要性があるのです。
そのため、窃盗罪と毀棄隠匿罪を区別するために不法領得が必要となるのです。(犯罪個別化機能)
以上の通り、不法領得の意思が求められるのは、窃盗罪と使用窃盗及び毀棄隠匿罪を区別する必要性が根拠となっているのです。
それでは、不法領得の意思の内容について説明していきたいと思います。
◯不法領得の意思の内容
前述した通り、判例によると、不法領得の意思とは「権利者を排除して他人の物を自己の所有物としてその経済的用法に従いこれを利用処分する意思 」とされます。
ここでは不法領得の意思を二つの要素に分けることができます。
まずは前半部分の 「権利者を排除して他人の物を自己の所有物として」という部分です。
この部分は権利者排除意思 とも言われます。
この権利者排除意思が窃盗罪と不可罰な使用窃盗を区別しているのです。
先ほど挙げた、消しゴムを勝手に使うという事例を考えてみましょう。
AさんがBさんの消しゴムを後で返すつもりで勝手に使いました。
ここで、Aさんが権利者排除意思を有していたかを検討することとなります。
つまり、AさんがBを排除して、Bの消しゴムを自分のものとして使う意思があったのかどうかが問題となるのです。
さて、確かにAさんは Bさんに無断で消しゴムを使っています。
しかし、 Aさんはちょっと借りたくて使っているだけで、後でちゃんと返すつもりだったのです。
このようなAさんがBさんの消しゴムを自分のものにしようと考えていたかと言われれば、そうは言えないでしょう。
Aさんは消しゴムをあくまで Bさんのものとして使っていただけで、ただの無断使用にあたり、自分のものとしようとしていたわけではありません。
もしも、自分のものにする意思があったというなら、短時間ではなく、長期間にわたって使い続ける必要があるでしょう。
そのためこの事例では 、Aさんには権利者排除意思が認められないため、不法領得の意思がなく、使用窃盗として不可罰になります。
次に後半部分の 「その経済的用法に従いこれを利用処分する意思 」について説明します。
これは利用処分意思とも言われます。
つまり、物を取ってもその物から利益を受けるような意思がないといけないということなのです。
例えば先ほどの例だと、Bを恨んでいたAが Bの家の鍵を盗んで困らせるという目的でBの鍵をかってに盗んで家で保管していた場合には、Aは確かにBの物を盗んではいるのですが、その理由はBを困らせることにあり盗んだ鍵自体から何らかの利益を受けたりする意思は有していません。
そのため、このような場合には利用処分意思が欠けるため窃盗罪は成立せず、Bの鍵を隠して使えなくさせているという点で器物損壊罪が成立することとなるのです。
このように、利用処分意思が欠ける場合も、不法領得の意思が欠けるため窃盗罪不成立となるのですが、利用処分意思がない場合は権利者排除意思がない場合と異なり、窃盗罪を不成立とした後に毀棄隠匿罪の成否を検討することとなるのです。
また、利用処分意思の詳しい内容は判例上変化しています。
最初は、「経済的用法に従いこれを利用処分する意思」とされていたのですが、例えば、自らの性的欲求を満たすために下着を盗んだ事例では、必ずしもその経済的用法に従った利用がなされているわけでもないにもかかわらず、不法領得の意思を認めています。
そのため、現在では判例は、「何らかの効用を享受する意図」を持っていれば、利用処分意思を認めていると説明されています。
さらに、これが直接的な効用でなければならないか、間接的な効用でもいいのかという点も問題となりますが、この点については、裁判例で、物を廃棄したり隠匿したりする意思から盗んだのでなければ利用処分意思を認めないという判断をしたものもあるため、専ら毀棄隠匿で行う意思がなければ、間接的な効用を得る場合であっても利用処分意思を認めるものと考えられます。
◯まとめ
まとめると、不法領得の意思とは「権利者を排除して他人の物を自己の所有物としてその経済的用法に従いこれを利用処分する意思 」を指すところ、前半の権利者排除意思は自分のものとして他人の財物を使っていると言えるのかということを検討し、後半の利用処分意思は専ら毀棄隠匿の意思からなされた行為と言えるのか否かを検討することとなります。
その結果、権利者排除意思が欠けると、使用窃盗として不可罰になります。
専ら毀棄隠匿の意思から行われた行為であるとして利用処分意思が欠けると判断されると、毀棄隠匿罪になるのです。
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