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こんにちは
司法試験や予備試験の刑法論述試験では、財産犯から出題されることが非常に多いです。
そのため、刑法各論の学習の中心は基本的には財産犯の学習になってくるでしょう。
そんな超頻出分野の中でも特に重要な論点として「窃盗罪の保護法益論」があります。
窃盗罪の条文との関係や学説上の対立がわかりにくいので混乱しやすい論点かと思われますので、今回は窃盗罪の成立要件とともに窃盗罪の保護法益論についても書いていきたいと思います。
皆様の学習の参考になれば幸いです。
窃盗罪の成立要件
まずは窃盗罪の条文を確認してみましょう。
(窃盗)
第二三五条 他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
この条文によると窃盗罪が成立するためには、
「他人の財物」を「窃取」すること
が必要となります。
条文上のこれらの要件の他に主観的要件として「不法領得の意思」 が必要となるとするのが判例・通説ですが、今回の記事では不法領得の意思については触れません。
※不法領得の意思については⬇︎こちら⬇︎で解説記事を書いているので参考にしてください。
【刑法】不法領得の意思の根拠と内容
ではまず「他人の財物」とはどのようなことを意味するでしょう。
ここでいう「他人の財物」は通常の用語の意味として「他人が所有する財物」と解されます。
あくまで所有権が他人に帰属しているということを意味しているのであり、他人が占有をしていることを意味するわけではありません。
これはよくある間違いなので注意しなければなりませんが、窃盗罪の保護法益論の話(窃盗罪の保護法益が他者の占有にあるのか本権にあるのか)は「他人の財物」という文言の解釈ではありません。
あくまで、「他人の財物」という文言は「他人の所有する財物」という意味であることをしっかり頭に入れてください。
次に、「窃取」とは「占有者の意思に反して財物に対する他人の占有を侵し、その財物を自己または第三者の占有に移す行為」のことをいいます。
つまり、「窃取」の定義において他人が目的物を占有していることが求められているというわけです。
ここで両者を合わせて読むと「他人の所有する財物」を「占有者の意思に反して財物に対する他人の占有を侵し、その財物を自己または第三者の占有に移す」ことを行うと窃盗罪が成立するというわけです。
簡単にいうと、「他人の所有物を、それを占有している者から取ったら窃盗罪」ということです。
窃盗罪の重要条文〜235条と242条〜
さて、235条を読んで窃盗罪の成立要件は把握できたと思いますが、実は他にも窃盗罪に関係する条文があります。
(他人の占有等に係る自己の財物)
第二四二条 自己の財物であっても、他人が占有し、又は公務所の命令により他人が看守するものであるときは、この章の罪については、他人の財物とみなす。
242条によると、「自己の財物」であっても「他人が占有」する場合は、この章の罪(窃盗罪及び強盗罪)においては、「他人の財物」とみなされるわけです。
これがどういうことかと言いますと、「自己の財物」=「自己の所有する財物」であっても「他人が占有」する場合は、「他人の財物」=「他人が所有する財物」と同じものとされる、ということです。
つまり、自分の所有する財物であってもそれを取った場合は窃盗罪が成立する、ということを意味しているわけです。
235条と242条を合わせて読むと以下のようになります。
他人の所有物を占有者の意思に反して自己の占有に移した場合、235条の「他人の財物」と「窃取」という要件を満たすため、窃盗罪が成立する。
自己の所有物であっても、他人が占有しているときにその者の意思に反して自己の占有に移して場合、242条で自己の所有物が「他人の財物」とされて、その結果235条の「他人の財物」と「窃取」という要件を満たすことになり窃盗罪が成立する。
他人の所有物を窃取した場合=235条で窃盗罪成立
自己の所有物を窃取した場合=235条と242条で窃盗罪成立
結局、235条のみでは他人の所有物を取ることしか窃盗罪にならなかったのが、242条によって自分の所有物でも窃盗罪が成立するというように拡張されているというわけです。
窃盗罪の保護法益論が論点となる事例
さてそれでは以下の事例をご覧ください。
【事例】
甲はAに自分が所有するカバンを取られてしまった。それを取り返すためにAの家に侵入して机の上に置いてあった自己のカバンを持って帰った。
甲はAからカバンを取っています。なので、窃盗罪が成立する気もします。しかし、そもそもそのカバンは甲自身のものであって、甲としては自分のものを取り返したという形になるわけです。
上記の事案において、甲に窃盗罪が成立するのか(住居侵入罪の他に)。
これを解決するために必要となるのが、窃盗罪の保護法益論の議論です。
上記のような取り返し事例の他にも、所持が法律上禁止されているもの(薬とか)を取ったような事例も窃盗罪の保護法益論が問題となります。
基本的には、窃盗の対象物が適法に所持しているものではないものである場合に窃盗罪の保護法益論が論点となる、と考えると良いかと思います。
窃盗罪の保護法益論とは(占有説と本権説)
まず、ここまでの議論を使って事例を考えてみると、甲はAが占有するカバンを取っているのですが、これはもともと甲所有でありそれをAが甲から取ったものということでした。
235条は「他人の財物」=「他人の所有物」である必要があるため、この条文から直接窃盗罪は成立しません。
しかし、242条によって「自己の財物」=「自己の所有物」であっても「他人の財物」とみなされます。
したがって、甲は「自己の財物」をAの意思に反してAの占有から自己の占有へと移したため、かかる行為につき242条と235条によって窃盗罪が成立すると考えられるわけです。
とここまではいいのですが、ここだけで話は終わりません。
ここで出てくるのが窃盗罪の保護法益論です。
窃盗罪の保護法益論とは窃盗罪の保護対象を「占有」にあると考えるのか(占有説)「所有権及びその他民法上保護される権利」=「本権」にあると考えるのか(本権説)という論点です。
占有説=窃盗罪の保護対象は占有
本権説=窃盗罪の保護対象は所有権及びその他本権
ここでもう一度242条の条文を見てみます。
(他人の占有等に係る自己の財物)
第二四二条 自己の財物であっても、他人が占有し、又は公務所の命令により他人が看守するものであるときは、この章の罪については、他人の財物とみなす。
さて、これまでにも述べてきた通り、242条において「自己の財物」であっても「他人が占有」している場合は「他人の財物」とみなすとされています。
窃盗罪における占有説と本権説の対立は、このうち「他人が占有」の解釈問題として現れるのです。
占有説においては「他人が占有」の意味は通常の占有、つまり、事実的な支配と捉えられます。
なので、実際に財物を他人が所持している場合は全て「他人が占有」に含まれるわけです。
一方、本権説においては「他人が占有」の意味は「他人が本権に基づいて適法に占有している」ということを意味します。
なので、財物を他人が所持しているとしても、それを賃借しているなど適法に所持していない限り、242条の「他人が占有」という要件を満たさないことになるわけです。
そして、「他人が占有」という要件を満たさないということは、242条によって「他人の財物」とはみなされないので、235条によって窃盗罪が成立することもないということになります。
(235条は「他人の財物」を窃取することを要件としているため)
では事例に戻ってみましょう。
甲はAから自分の所有物であるカバンを取りました。
242条が適用されるためにはAがカバンを「占有」しているということを言わなければなりません。
占有説によればここでいう「占有」は所持=事実的支配を意味するのであるから、Aの自宅においていたカバンはAが占有していたということになります。
なので、「他人が占有」の要件を満たすため242条が適用され、235条によって窃盗罪が成立します。
本権説によれば、カバンはAが取ったものであり、Aの所持は適法なものではありません。
したがって、「他人が占有」の要件を満たさないため、242条は適用されず、235条によって窃盗罪が成立することはありません。
このように、【事例】において、占有説からは窃盗罪が成立するのに対して、本権説からは窃盗罪不成立となります。
窃盗罪の保護法益論に関する判例と考え方
それでは、窃盗罪の保護法益論について判例はどのように考えているのでしょうか。
【最判平成元年7月7日刑集第43巻7号607頁】
「被告人が自動車を引き揚げた時点においては、自動車は借主の事実上の支配内にあつたことが明らかであるから、かりに被告人にその所有権があつたとしても、被告人の引揚行為は、刑法二四二条にいう他人の占有に属する物を窃取したものとして窃盗罪を構成するというべきであり、かつ、その行為は、社会通念上借主に受忍を求める限度を超えた違法なものというほかはない」
このように、判例は「被告人に所有権があったとしても」(=自己の財物であっても)、「刑法二四二条にいう他人の占有に属する物を窃取したものとして窃盗罪を構成する」としており、占有説の立場にあることを明確に示しています。
なので、試験の答案を書く場合には、判例に従って占有説の立場から書くのが無難かと思われます。
さて、それでは占有説と本権説の立場の違いが何に基づくのか、それぞれの根拠についてです。
両者の基本的な対立軸は「民法に従うべきか否か」という点にあります。
まず、本権説としては刑法の謙抑性(刑法は権利制限が大きいのであまり前に出ないようにしようという考え方)を根拠として、民法上適法に認められている権利なのであれば刑法もそれに従って刑罰を科すべきではない。
以上の考え方から、民法上認められたもの=本権に基づく占有であれば、それを罰することは控えておこうということになるため、242条を適用せず窃盗罪を否定するわけです。
これに対して、占有説としては刑法上は民法とは異なる独自の規制があっても良いはずだという考え方から、たとえ自分のものであったとしても自力救済(自分で取り返すこと)が否定されている以上は処罰されるべきである、ということになります。
このような考え方からは、他人が事実上支配しているのであれば、それを自分のものだからって無理やり取り返すのはダメです(=自力救済は禁止です)。
このような根拠から、242条を適用して窃盗罪が成立するというわけです。
また、占有説の根拠として他にも、現代は権利関係が複雑になって所有と占有が完全に一致するというわけではないため事実的な支配自体(=占有)を広く保護するべきだ、ということも言われます。
基本的には答案で上記のような根拠付けを示せば十分であるとは思われます。
論述試験での対応について
以上が窃盗罪の保護法益論についての解説になります。
それでは、以上を踏まえた上で、論述試験ではどのように対応するべきでしょうか。
占有説と本権説の対立については、前述の通り、判例は占有説の立場であると解されますが、学説上は本権説も有力に主張されています。
なので、試験ではどちらの立場から書いても問題はないと思われます。
ただ、基本的には判例の立場から書いた方が無難であると思いますので、占有説の立場から論証を書いていくのが穏当かと思われます。
いずれにせよ、この論点はかなり対立が激しいし、いずれの見解を取るかによって窃盗罪の成否が変わるので、根拠付けやそれぞれの立場からの条文の解釈をしっかりと書いた上で結論を出すべきです。
最後までご覧いただきありがとうございました。
他にも重要論点の解説や基本書・演習書の書評などの記事を多数書いていますので、ぜひご参考にしていただければ幸いです。
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